評論家のたわごと ー たわごとの本音 ー 小 野 寺 啓 治
小野寺先生は、永年に亘り書道界に多大なる貢献をされてこられた。残念ながら 昨平成27 (2015) 年
11月に他界された。 最後の最後まで筆をおくことをせず、そして最終の発行となった 「季刊 書道 ジャ
ーナル123号」 から、貴重な ”エッセイ” を以下にご紹介したい。今後とも、 随時先生のエッセイ・評
論などをご紹介していきますので、ご期待頂きたい。 ( 聲画洞主人)
やっと原稿の締め切りから解放された途端に、文を考える視点の中心が動かずにいて一夜にして文章になり、集中力が高まり美醜の判断力を明晰にして醜の本質を分析し始めていた。 美醜は表裏一体で、真の美しいものは美醜を兼ね備えていて永久に人を感動させる。 民芸の柳宗悦はこれを発見し、それまで誰一人注目しない実用品の中から美を発見し、さらにここからあらゆる方面の美の探求に新しい眼で民芸の美を次々と発見し世界を驚かせた。
この美醜一体の見方で現代の書を見ると、技巧、形式、筆技などを意図的に組み立てた現代の書の本質は、個人の曖昧な形式流儀を絶対的美と信じて、これらの作品の中から美醜を飛び越えた作品を見出すのは非常に困難である。 私が書道ジャーナルを刊行する決意をしたのは、この美醜同一の書を求めたからである。
改めて数えると季刊誌123号、月刊誌込では540号まで続いた。 その創刊号にはこう記してある。
『書道ジャーナルは皆様のご協力で発刊以来五年が過ぎました。 毎月一回わずか八頁でしたが、私は胸を張って全国の書展を見て歩きました。 時にはドイツ、フランスから中国まで、現代書の活動を求めていきました。 そして多くの情報を収集し、最近では毎月八頁の新聞を満杯にして、なお余りあります。
今日、現代の書の活動はますます活発になり、現代書の的確な時期を認識して、ここに次の方針で季刊書道ジャーナルを増刊で発行します。
一、現代書の動静を的確に把握する。
二、書の未来を眺望し、その仕事を紹介する。
三、新しい眼で書の古典を紹介する。
四、作家を発掘する。
思えばちょうど三十年前、書道の評論家を志したとき、書道評論誌を出すことを夢みてきました。 今、その時が来ました。 この雑誌の発刊にあたり、今迄以上に皆様のご協力をお願いします。』
この考えは今も続いている。
今日廃刊するに当たり評論家活動の全力を投球したいま一つの活動である熙芳園の小野寺美術館建設に注いだ書の本質に熟慮し、熙芳園十訓 ”書の華ことば” を編み出し、熙芳園庭園にある自然石に私の詩を刻んで芸術の殿堂とする。 これが長い間考えた「たわごと」の本音である。
『熙芳園十訓』
一、穏健な心を書く
二、清澄は日本美の世界だ
三、あっぱれ、感動は書に希望を物語る
四、眼福を満たす書は時を変える
五、正見は人の道を語る
六、見せる書ではなく有りの儘を見てもらう
七、清貧は閑寂の源
八、書で微笑む
九、筆を手とし、手を筆とする
十、無色透明
なお、この『十訓』を依頼する10名は書作品年鑑に参加した各位の作品から、私の独断で美醜同根の世界を選ばせていただいた。嬉しい仕事である。